あこがれの銀チューバ

高校で、なにげなく入った吹奏楽部。右も左もわからない未経験者のわたしにあてがわれたのは、鈍い銀色に光る古い古いチューバでした。70年代にどこやらの団体から借用したままになっているらしいその楽器は、握力トレーニング用かと思うほどロータリーの固い、へっこみと破れ穴(!)だらけのひどい代物…。OBのおっさん連中がこの楽器を絶賛するのもなにやらわけが分からず、(初心者がやめないように適当におだてているんだ)なんて勘繰ったりして、最初のうちは練習が嫌で嫌でしかたがありませんでした。

しかし、それなりにまじめに練習して多少は楽器の特性や音というものが分かるようになってくると、この楽器(学校では「銀チューバ」と、なんの工夫もない呼び方をされていました)の良さがだんだん分かってきました。

やがて進級して銀チューバは後輩の手に渡り、見た目はピカピカの他の楽器(アマティ社製)を吹くようになりました。アマティはアマティでいい楽器でしたが、ときどき銀チューバを取り上げて吹いては「ほんとにいい楽器だなあ」とかなんとか。そのたびに、やっぱり初心者で入ってきた後輩が、以前のわたしと同じように怪訝そうにこちらを見ていました。

4番がないうえに動作がめちゃくちゃに渋いロータリーメカの限界と、見た目のあんまりさ加減はありましたが、卒業する頃にはこの楽器にすっかり惚れ込んでしまい、大学でもチューバを続けたい、新品ならもう少し状態はましだろうしどうしてもこの銀チューバが欲しい、と強くそう思うようになっていたのです。

ところが、ここに大きな壁がありました。この楽器は「どうやらソビエト製らしい」という以外のことはまったく分かっておらず、ロータリーの調整に持ち込んだ楽器屋さん(もちろん、管楽器の専門店)はどこも「これどこの楽器?」と首をかしげる始末。ソ連の楽器を取り扱っているお店なんて皆無ですから、どうにもなりません。いったい、わたしはメーカーも分からない銀チューバを誰に売ってもらえばいいのだろう?

ほうぼう調べて回っても、ぜんぜん埒があかない。一番いいのは元借りてきた団体に聞くことですが、借用書が残っていないために(ひどい)その団体がどこなのかさえよく分からない。第一そんなこと聞きに行って、返せって言われたらどうしよう(笑)。…というわけで野望はあっさり頓挫。別のいい楽器との出会いもあって、あれほど熱を上げた銀チューバのことはしばらく忘れていたのでした。


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